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仙台地方裁判所 昭和46年(行ウ)5号 判決

原告 菅原光太郎

被告 仙台北税務署長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「被告が昭和四四年四月二四日付でした原告の昭和四一年分の所得税の修正申告に対する更正の請求を却下する旨の決定はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は主文同旨の判決を求めた。

第一原告の主張

一、請求原因

1、原告は昭和四三年一二月二八日被告に対し「原告が昭和四三年一一月二八日付で被告に提出した昭和四一年分の所得税の修正申告書には課税金額につき計算の誤りがある。」ことを理由として、更正の請求をしたところ、被告は昭和四四年四月二四日付をもつて「更正請求書が法定の提出期限後に提出された」との理由で右更正の請求を却下する旨の決定(以下本件処分という)をした。そこで、原告は同年五月二六日被告に対し異議の申立てをしたが、被告が同年八月二五日これを棄却する旨の決定をしたので、さらに同年九月二五日訴外仙台国税局長に対し審査請求をしたところ、同国税局長は昭和四六年三月三一日付をもつてこれを棄却する旨の裁決を行い、右裁決書謄本は同年四月一三日原告に送達された。

2、しかしながら、本件処分には次のような違法がある。すなわち、

(一) 原告は、昭和四一年中に訴外株式会社仙台木材市場振出名義の約束手形三三通、その額面合計金三、三〇〇万円を割り引いて取得したところ、昭和四二年二月九日に至り、右各手形はいずれも訴外山口義景の偽造にかかるものであることを知つたが、山口と訴外株式会社仙台木材市場代表者沢口新太郎との間には種々の関係があることから、いずれは訴外株式会社仙台木材市場において右各手形金を支払うものと考えていた。ところが、前記修正申告書を提出した後の昭和四三年一二月中旬になつて、右各手形については訴外会社に何らの法律上の義務がなく、一方、右各手形の偽造者である山口に対してこれに代る損害賠償の請求をしてもその支払いを受けることが不可能であり、結局、原告の右手形債権金三、三〇〇万円は回収不能であることが明らかとなつた。

(二) しかして、右の事由は所得税法一五二条、一五三条に該当するので、原告は、右各法条に基づき、被告に対し、右金三、三〇〇万円は昭和四一年分の損失として計算されるべきであり、これが昭和四二年分の損失として計算されるにおいては同年分以後の確定申告により還付を受ける金額が過少となることを理由として、本件更正の請求をした。

(三) しかるに、被告はこれを国税通則法(昭和四五年法律第八号による改正前のもの以下同じ)二三条一項に基づく一般の更正の請求と解し、前記のように、「更正請求書が法定の提出期限後に提出された。」との理由で、本件更正の請求を却下する旨の決定をした。

3、これを要するに、本件処分は、本件更正の請求が前記所得税法の特例に基づくものであるにもかかわらず、これを前記国税通則法に基づく一般の更正の請求と解して為された違法なものであるから、被告に対し、本件処分の取消を求める。

二、被告の後記主張に対する認否

本件手形金三、三〇〇万円の損失が原告の営む金融業に関して生じたものであることは認めるが、その余は争う。

第二被告の答弁および主張

一、請求原因に対する答弁

第1項は認める。第2項の(一)は知らない。同(二)は争う。同(三)は認める。第3項は争う。

二、主張

1、本件更正請求書には、請求の理由として「昭和四二年二月九日に割引手形三、三〇〇万円が偽造であることが発覚し、右手形を詐欺偽造した山口義景は現在も刑事事件として公判中である」と記載されているだけで、原告主張のごとき事実、すなわち、原告は、「修正申告書を提出した後の昭和四三年一二月中旬に至つてはじめて、前記手形の偽造者である山口に対しこれに代る損害賠償の請求をしても、その支払いを受けることが不可能であり、結局、原告の右手形債権は回復不能であることが明らかとなつた」旨の記載がないばかりか、所得税法一五二条にいう「当該事実が生じた日」が昭和四三年一二月中旬であることを窺わせるに足りる記載すら存しないのである。したがつて、前記の記載理由だけでは、本件更正の請求は修正申告書を提出した昭和四三年一一月二八日より約一年九か月も以前の昭和四二年二月九日に生じた事由に基づいて更正の請求に及んだものとしか解されない。

ところで、所得税法一五二条の更正の請求に関する特例は、次の2において述べるように、原則として、当該更正の請求にかかる確定申告書または修正申告書の提出後に生じた事実が法定の要件を具備するときに限り適用されるものであつて、本件更正の請求にかかる修正申告書提出より約一年九か月も以前に生じた事実をもつて更正の請求をなし得ないことは同法条の文言に徴し明白である。それゆえ、被告は、原告においてその主張する約束手形三三通の債権が昭和四一年分の貸倒損失とならないことを納得して修正申告書を提出したものであり、且つ、また本件更正請求書の記載内容からみても、国税通則法二三条一項に基づく更正の請求と解するほかないので、請求期間経過後の請求であることを理由に、これを却下する旨の決定をしたものであり、本件処分には原告主張のごとき違法はない。

2  仮りに、本件更正の請求が所得税法一五二条、一五三条に基づくものであるとしても、原告主張の事実は右各法条所定の要件に該当しないものである。すなわち、

所得税法一五二条は、(1)事業を廃止した後に発生した必要経費を廃止した年分の必要経費として遡つて控除することとなる場合、(2)事業所得以外の所得の金額の計算の基礎となる収入金額もしくは総収入金額の全部または一部につき回収不能になつたとか、あるいはこれを返還すべきこととなつた場合、(3)所得税法六四条二項所定の求償権の全部または一部の行使が不能となつた場合、(4)各種所得金額(事業所得ならびに事業から生じた不動産所得、山林所得を除く)計算の基礎となつた事実のうちに含まれていた無効または取り消すことのできる行為により生じた経済効果が、その行為が無効であるとされ、または取り消されたことにより失われた場合(所得税法施行令二七四条)等において、国税通則法二三条一項各号に該当する事由が生じたときに、右各事実が生じた日の翌日から二か月以内に限り更正の請求を許す旨を規定し、一方、所得税法一五三条は、修正申告書を提出したことにより、あるいは更正もしくは決定により当該年分以降の年分の所得税の額が過大となつたり純損失の金額とか雑損失の金額および所得税の額から控除すべき金額等が過少となつた場合に、修正申告書を提出した日またはその更正もしくは決定の通知を受けた日の翌日から二か月以内に限り、国税通則法二三条による更正の請求を許す旨を規定している。しかるに、原告主張の約束手形三三通にかかる金三、三〇〇万円の損失は、原告の営む金融業の事業遂行上生じたものであるから、右損失につき所得税法一五二条に基く更正の請求が許されるためには、原告において前記(1)(3)の事実をまた、右損失につき同法一五三条に基づく更正の請求が許されるためには原告において同法条所定の前記事実をそれぞれ主張立証することを要するところ、原告は、これらの事実について何らの主張立証もしないのであるから、原告の主張はそれ自体において理由がない。

なお、所得税法五一条二項によれば、事業遂行上生じた損失については、事業の継続性に着目してその損失が生じた年分の所得金額の計算上、当該損失金額を必要経費に算入するという方法で損失の発生による税額の調整を行うことになつているが、本件において、前記約束手形三三通について損失が発生したというためには、右各手形が第三者によつて偽造されたものであることが判明しただけでは足りず、原告が偽造者に対して不法行為に基づく損害賠償を請求しても、債務者たる偽造者が破産、事業の閉鎖および債務超過の状態が相当期間継続し、事業を再興する見通しがない等債権回収の不可能が確定するを要するところ、原告主張の損失発生の時期が、昭和四二年二月九日以降であることは原告の主張自体から明らかであるから仮りに、前記約束手形三三通について原告主張のごとき損失が生じたとしても、右損失は、原告の昭和四二年分以降の所得金額の計算上必要経費に算入されるべきものである。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一、請求原因第1項及び第2項の(三)の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二、本件における争点が本件更正の請求を、国税通則法二三条一項に基づくものと看るべきか、それとも所得税法一五二条、一五三条に基づくものと看るべきかの一点にあることは当事者双方の主張に照らして明らかである。

(一)  惟うに、所得税に関する更正の請求は総て国税通則法二三条一項に準拠して認められるところであるが、同法が国税についての基本的な事項及び共通的な事項を定め、税法の体系的な構成を整備したものと謳つているとおり(同法一条)右の更正の請求も広く国税一般について共通の更正の請求事由を定めているに止まつているから各種の国税法においては、右の更正の請求事由に、更にそれぞれの特質にもとづく請求事由を附加拡張した特例を設け(例えば、地方税法八二条、相続税法三二条)、所得税法においても、その一五二条、一五三条において、(イ)事業を廃止した後に事業に係る費用又は損失が生じたこと等一定の後発的事由により所得が減少することとなつた場合、(ロ)収入金額の計上時期の誤り又は必要経費の算入時期の誤り等のため、ある年分の所得税について修正申告書を提出し、又は更正決定を受けたことにより、その年の翌年分以降の年分の所得税が過大となり、又は還付を受けるべき金額が過少となる場合に、これらの事実が生じた日又は修正申告書の提出の日若しくは更正決定を受けた日の翌日から二月以内に限り更正の請求ができる旨の特例を設けている。そうすると右に掲げた特例事項は、国税通則法二三条一項の請求事由に対し、特段の事由に該当するので、この特例事項を事由として更正の請求をなすには「申告に係る課税標準等又は税額等、その更正の請求をする理由、当該請求をするに至つた事情の詳細その他参考となるべき事項」はもとより「当該事実が生じた日」を記載した更正請求書を所轄税務署長に提出しなければならないから(国税通則法二三条二項、所得税法一五二条、一五三条)更正請求書に右の特段の事由が記載されていなければ、その更正の請求は、所得税法一五二条、一五三条を事由とするものとは認めがたく、国税一般に関する国税通則法二三条一項の事由に基づくそれと看るほかのないことに帰着する(因みに、国税通則法二三条一項に謂う「納税申告書を提出した者」に、修正申告書を提出した者も包含されていることを附言する(同法第一九条参照)。

(二)  これを本件についてみるのに、成立に争いのない乙第一号証に照らすと原告が被告に提出した更正請求書には、請求の理由として「原告は昭和四一年中に訴外山口義景の依頼により訴外株式会社仙台木材市場振出名義の約束手形三三通、額面合計金三、三〇〇万円を割り引いて取得したが、昭和四二年二月九日に至り、右各手形はいずれも山口の偽造にかかるものであることが発覚し、これに関して現在同人に対する刑事被告事件が係属中である。このように、右各手形は原告が取得した当時すでに無価値のものであるから、右金三、三〇〇万円は昭和四一年分の貸倒損失となるべきである」旨の記載があるだけであつて、所得税法一五二条、一五三条所定の特例事項の記載がないのみならず、右更正請求書記載の文言によれば、前記約束手形金三、三〇〇万円の損失は、昭和四一年中に生じたものとして同年分の所得計算上必要経費に算入すべきものなるところ、昭和四三年一一月二八日付前記修正申告書には、同年分の所得計算上必要経費として算入していなかつたことを更正の請求理由としていることが明らかであり、これは修正申告書提出前に発生した損失を問題としているのであるから、本件更正の請求は正しく国税通則法二三条一項に基づく請求と解するのほかなく、これを所得税法一五二条、一五三条に基づく請求と解することはできない。したがつて被告が本件更正の請求を国税通則法二三条一項に基づく請求と解したのは相当であつて、本件処分には原告主張のごとき違法はない。

よつて、原告の本訴請求は理由がないから、失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 牧野進 大塚一郎 堀田良一)

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